オスペック(入学式) kehidupan di Bali

Posted on Senin, Juni 3rd, 2013 at 10:58 am

 

昨年9月よりインドネシア国立芸術大学、通称ISIに留学をしている者です。バリ伝統芸能音楽を専攻で無謀にもローカルクラスに飛び込み、4年間ここで勉強をして学歴を取るつもりです。なんだかんだ揉まれ続けてはや8ヶ月が経過しました。

今回情報の授業でブログを作る事が課題になりましたので、丁度いい機会なので日本語で留学の様子などを書いてみようと思います。
尚、ここでは大学の様子のみを書いていくのでバリの文化・生活の様子はあまり触れないと思います。また、私がデジカメを手にしたのがつい最近になるので写真などの資料は直近のものしか掲載することができませんのであしからず。
では昨年9月。10日にオスペックと呼ばれる入学式と学校説明会を兼ねた会が1週間丸々使って行われました。
当時インドネシア語は全くできなかったのでとりあえず周りに合わせて動くのみで、何もかもが受身の状態でした(結果的にはそれが全て幸いしましたが)。初日、朝の9時に学校にくるように言われ、いざ行ってみると外には幾つもの学部の新入生が白いワイシャツ、黒のスラックス姿で理路整然と並んでます。男は短髪、女は三つ編み。
当時何も説明を受けていなかった私はジーパンにダルTというおよそ最悪な格好でそのような厳かな会に出席することになりました。思い出すだけでも恥ずかしい。
さてこのオスペック、思い出すだけでもおぞましいものでした。
ちなみに皆お揃いの校章が入った新入生シャツを着ている。俺はそんなものもらっていない。
新入生を監督する先輩百人ほどが司会進行となって全てが進むのですがどうも様子がおかしい。恫喝的というか、脅迫的というか、とにかく怖い。
新入生を並ばせると品定めするように数人でジロジロ見回して、靴が気に食わないだの髪が長いだのいちゃもんを付ける。
で、男はその場で髪切られる(恐怖!)
出席番号順に座らされ、教授の授業システムの説明が始まる。当時教授の話が一切理解できない俺は馬鹿みたいに口を開けたまま眠ることもできずポカーンと聞いているのみでした。
配布された多量の資料では理解することも出来ず、苦痛な時間がただただ過ぎ去るのみで辛かった・・・
そしてある程度の区切りがつくと先輩たちのイジメが始まる。
「お前寝てただろ?ちょっと前に来い」みたいなことを言って、一発芸をやらせる。それだけに飽き足らずさらに要求は酷い方向になり、ガラの悪い新入生歓迎会の空気そのまんまでビビりまくり。
そんなこんなが数日に渡って続き(朝5時に呼び出されたこともありました)、複数のセミナーを終え、何故か夕方からワークショップだなんだと言ってグループを作り、踊る歌うの意味のわからない状況に。ここで仲良くなったたくさんの人が居ました。ただし先輩の監視付き。馬鹿騒ぎはすぐに制裁の蹴りが飛んで来ます。
僕のグループではなんだか怪しげなおどろおどろしい歌を歌いながら、蛙のように飛び回るだけの今になってもどこか釈然としない内容でした。
最終日。セミナーを終え昼食を取り、お楽しみの時間と言わんばかりにグループの発表が順々に始まる。しかし先輩方の様子がおかしい。新入生が発表をしている中先輩同士で罵声が飛び交う。終いには舞台上に上がり込んで中止にさせる。
最初はあぁやってるやってるとか思いながら観ていたのが段々様子がおかしくなり、騒ぎがどんどん大きくなりとうとう会場がパニックに。先輩同士でどつき合い・殴り合いが始まり新入生全員萎縮。
パイプ椅子で殴り合う音まで聞こえるようになったとき新入生危ないからー全員後ろ向いてしゃがめ!という放送が流れ照明がいきなり落とされる(この時事態を理解できない俺は半泣きだった)。物凄い騒音の中で先輩方の喧嘩が何十分か続き、新入生を監視する先輩が目についた新入生全員を怒鳴り散らし殴りかかり、もう色々と限界になったとき3つ数えてステージの方を向け、というアナウンスが流れる。
するとそこには「合格!!」と書かれた横断幕を持った先輩たちがにこやかに手を降って来ている。すべてこのための演技(途中マジもあったけど)だったのか…と一気に肩の力が抜けたあの時のことを一生忘れない(笑)
というわけでそんな洗礼から私の留学生活は始まったのであります。
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